【池袋の地名の由来について】

|池袋の地名の由来/古地図から見る池袋の昔

この記事では、池袋の地名の由来や古地図から見る昔の様子についてご紹介します。

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目次

1.池袋の古地図と旧地名

2.池袋の地名の由来

3.最後に

1.池袋の古地図と旧地名

立教大学の古地図デジタルライブラリの1932.12に作られた古地図のデータをよく見ると、現在は見ることのない「蟹ヶ窪、水久保」などの地名がいくつか見ることができます。

【蟹ヶ窪】

池袋東口の一帯から現在のサンシャインシティのあたりまでの旧地名で、美久仁小路も含まれているようです。窪地が続いていたようです。美久仁小路から東池袋方面に向けて「水窪川」という川が流れていたようです。

【水久保】

サンシャインシティの南側辺りの旧地名です。都電荒川線沿いにある日出優良商店街も昔は水久保商店街と呼ばれていたようです。

【立教大学公式サイト古地図デジタルライブラリ,URL】

右下に見える立派なお寺が護国寺で、左上に板橋宿(現在の付近)があり、現在の位置関係を考えるとその間が現在の池袋付近だと思われます。

ちなみに、板橋宿は板橋本町から板橋一丁目あたりにあったようです。
現在の池袋駅付近は地図で見るとほぼ畑である様子がわかります。

こちらの地図で見ると、左下に護国寺、左上真ん中寄りに池袋村、右上付近に上板橋がありますがやはり畑になっており、池袋村のあたりに川が流れている様子がわかります。

2.池袋の地名の由来

窪地に多くの池があったことから池袋と呼ばれるようになったという説や、駅の近くにある「梟の樹公園」に昔あった池にふくろうがいたことである等諸説あります。

2つの説に共通しているのは「池」の存在です。

また、サンシャインシティ付近から東池袋、大塚方面へ「水窪川」が、池袋駅の南側から目白方面に「弦巻川」が流れており、両方とも神田川に流れ込んでいたようです。

現在は暗渠化されており川を見ることはありませんが、水源が豊富な土地であったことを伺うことができます。かつて湿地帯であったことが、池袋の開発を難しくさせていたという説もあります。

池袋駅西口側にはかつて池袋にあった弦巻川の源流である「丸池」の跡地付近とされる場所に「元池袋史跡公園」があり「池袋地名ゆかりの池」の碑があります。

【豊島区公式サイト:元池袋史跡公園ページURL】

3.最後に

現在では、大きなビルが立ち並び川や池があったことが俄かに信じられない様子になっていますが、古地図や地名を読み解いていくと水に由来のある場所であることが伺えます。

古地図を見ながら散策してみるのも面白いかもしれません。

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